若い漫画家志望者が集い、切磋琢磨して漫画を描く技術を磨ける環境を作りたい。
そういったことを、私が漫画編集者になった20代の頃から考えていました。漫画出版社にとって、新人漫画家を育成することは大きな課題であるためです。
当時漫画業界は、プロの漫画家のアトリエに新人を入れれば、漫画を描く技術は格段に上がることが経験的にわかっていました。そこでプロの漫画家から薫育を受け、同じ志を持った漫画家の卵たちからよい刺激をもらえるからです。
しかし一方で、それは新人の育成を出版社が漫画家任せにしてしまっていることになるのでは、いつまでもその状況は続かないのではとの思いがありました。やがて時代は変わり、漫画家のアトリエに新人が集う環境は減り、リモートワークでのアシスタント活動が当たり前になりました。
その変化を受けて、出版社としてするべきことは何かを改めて考え、アーティストビレッジ阿蘇096区の開設に至りました。施設のある熊本県高森町は、コアミックスが海外の漫画家を招聘して2018年から毎年開催している「くまもと国際マンガCAMP」の運営に、全面的な協力をしてくれている自治体です。その経緯があったため、同地に施設をと考えました。また、日本の漫画がよく読まれている東南アジアとの距離が近いことも、熊本に開設した理由です。
現在は、漫画家、劇団員が同施設で技術を磨き、創作や表現に取り組んでいます。彼らの姿を見ていると、成長の速さに驚かされます。これこそ、独学ではなく、同じ空間に身を置いて切磋琢磨することの成果だと実感しています。
施設名はマンガビレッジではなく、アーティストビレッジとしました。なぜならアートとは技術であり、アーティストとは技術者のことだからです。漫画家や劇団員は、人を幸せな気持ちにする技術を持ったアーティストです。
ほかにも、陸上競技のアスリートもアーティストです。彼らは人間の肉体を最も合理的に動かすことに長けた技術者だからです。技術を磨き成功したい若い人は、ジャンルを限らず、いずれ幅広く受け入れたいと思っています。
新型コロナウイルスの流行を受けて時期を慎重に検討していましたが、2022年より、海外の漫画家の受け入れを始める予定です。コアミックスが毎年開催している漫画賞「世界サイレントマンガオーディション」の上位入賞者を中心に招き、日本の漫画の作り方を教えます。そうすることで、日本で漫画を描く仕事を彼らが手にするチャンスが生まれます。また、いずれ彼らが自国に帰って活動するとしても、それは世界の漫画市場の拡大につながります。漫画の将来を考え、日本国内だけに視野をとどめることなく、世界規模で見た漫画市場の拡大にここでの活動をつなげていければと思います。
アーティストビレッジ阿蘇096区を、やがてはアメリカのシリコンバレーのように、同業者が集い切磋琢磨するのみならず、そこで新たなビジネスが生まれ、仕事を得られる場として整えていけたらと思っています。